03.04.29(火)

 


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    ◆マイ歴史観
     本日は大和朝廷についてですが、継体天皇というおもしろい天皇もおられますが、一気に
    大化の改新に行きましょう。
     大王を核として、物部氏や大伴氏などの武力を持つ大族(武官)が初期の朝廷を形成したと思いますが、ここに文官たる一族が多数加わって脇を固めていったのでしょう。一番後ぐらいにこの国にやって来た蘇我氏は今で言うとちょうど「ハイテクマフィア」のように、あっというまに勢力を伸ばし、物部などの武官を滅ぼしたわけですね。そして以前の実力者たちが祭り上げた初期の「天皇制」たるものを廃しようと思っていたのは明らかです(崇峻天皇暗殺など)。いつでもどこでも極右や極左の状態になると反動が生じますが、このとき発動したシステムがイデでなく大化の改新というわけです。
     皇位継承権の低い中大兄皇子と中臣鎌足が計画実行したのは確かですが、大海人皇子の姿も垣間見られるように思います。
     中臣家は占いを家業とする一族ですから、彼の失脚後息子の不比等の華々しい活躍により、
    この日本は千年近く占い師(上がりの貴族というブタのような連中)により支配される国となったわけです。未開ですなぁ。
     現代でも天中殺でもうけた女占い師が「自宅の門だけで2億数千万円!」とかでゴシップ雑誌をにぎわしています(そりゃ5分間話を聞くだけで数万円取るんですから・・・どうせ領収書も出していないだろうし)が、藤原一族は日本の半分をいただいちゃったわけで、ケタが違います(藤原、ふ、ヒド〜)。こいつらがいなければ今の日本はもっと良かったでしょう(それとも悪かったかもしれませんな)。 


 

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