月曜日は心不全の日(メディカル憩室その2)

 

 


 昔、とある田舎の病院に内科医として勤務していたころの話・・・

 高齢者の方はとかく心不全という病気(というか病態)が多いのですが、彼らが悪くなるのは月曜日の午前中が多いような気がしました。
 
心臓喘息という言葉があります。ふつうの「喘息」は気管支喘息といい症状はよく似ていますが、病態は全然ことなります。心臓喘息は心不全の部分症状ですが、気管支喘息は気管支が反応性に収縮して呼吸不全に陥る病気です。心不全では心臓の働きが悪いので、臓器に流れる血流が少なくなります。臓器とはもちろん腎臓を含み、尿量が低下するので、全身に水分がたまります。余分な水分は初期は血管内にたくわえられますが、そのキャパシティを越えると皮下・胸腔内・腹腔内・肺などに貯留します。
 みなさんが日常よく経験するのは足のむくみでしょう。余分な水が肺胞の中にたまりますと酸素を取込んで二酸化炭素を排出するという呼吸機能を阻害しますので、呼吸困難を訴えるようになります。この状態では呼吸するたびに湿った喘鳴が聞こえ、そのためこの状態を心臓喘息と呼んでいます。肺水腫のことですね。

 さて、これがなぜ月曜日に多いかです。心臓喘息つまり心不全を防ぐために患者は強心剤や利尿剤を服用しています。弱っている心臓にムチうつ強心剤は重症の心不全の患者にはかなりこたえますし、腎の排泄能力を高める利尿剤の方がより安全ですので、両者を併用するわけです。利尿剤は心臓に負担をかけませんのでいろいろな段階の心不全患者に広く使われています。利尿剤をのむと当然尿量が増えます。つまり、しょっちゅう排尿しなくてはいけなくなります。

 ここでわかる人はスルドイですが、月曜日に悪くなる人はだいたいその前の日にバス旅行をした人なんですね。こうした旅行はパック旅行で、当然団体旅行です。だからバスが多いわけです。長時間のバスではそうたびたびトイレには行けません。同乗者に悪いですしね。そこで、患者は旅行中は利尿剤を服用しないようにするわけです。
 2〜3回ぬいただけで症状がでる重症の人は旅行先で入院という事態になりますが、もう少し症状の軽い人は日曜の夜に帰宅するまで耐えることができます。ここで利尿剤をのむとまだ救われるのですが、遅く帰って来たし、疲れているからぐっすりねむりたいという理由で、ここでも大概服用するのむのをさぼってしまいます。

 寝ると足と心臓が同じ高さになります。すると、下半身の皮下にたまっていたかなりの水分がリンパ管を経て、血管内に帰ってきます。こうして血管内水分の増えた患者さんは寝ている間に急速に心不全が進行します。肺での換気が障害されると血中の酸素も低下し脳の働きが悪くなります。いわゆる朦朧状態になり、このため気づく、つまりめざめることが遅れます。翌朝家族が顔がどす黒くなった意識不明の瀕死の患者を発見するまで、放置されることになるわけです。
 これが病院に心不全患者が月曜日の朝に運びこまれるストーリーですね。昔、「月は地獄だ」という小説がありましたが、

 教訓: 土日曜 バスで旅行は 極楽だ   ああ本当ね 月は天国へ


 

 

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