カゼの話(メディカル憩室その9)

 


 カゼというのはウィルスによる上気道炎です。上気道とは気管より上の気道、すなわち鼻腔・口腔・咽頭をさします。カゼを惹き起こすウィルスは多数あり、数年前にすでに100種類をはるかに超えていました。まだ未知のウィルスが多々あるので、まだまだ増えるでしょう。

 カゼにかかわらずウィルスのほとんどには、特効薬はありません。
 カゼ薬というのは「カゼの諸症状をやわらげる」薬であり、「カゼウィルス」を殺す薬ではありません。つまりカゼ薬はカゼを治す薬ではなく、カゼの症状をごまかすクスリなのです。
 通常、カゼ薬には多数の症状に効くために多数の成分がブレンドされています。カゼの症状はほとんど炎症が惹き起こすものですから、炎症を抑える成分1つだけでも結構効果はあるのですが。

 薬をのんでものまなくても、人間の免疫機構によりだいたい1週間前後でウィルスに対する特異抗体が産生されます。つまり自然に治ります。薬をのんでも早く治るわけではないのです。理論的には薬をのんだ場合はそうでない場合に比べて、炎症のみならず免疫反応も抑制されるので抗体の産生量が少ない(ということは治るのが遅れる?)と思われます。しかし、発熱や食思不振などの症状のために体力が落ちると免疫機構がうまく働かず、治るのが遅れたり、こじらせたりして肺炎・髄膜炎などを惹起する可能性が増えます(だから薬で早く治る可能性はあります)。

 カゼは万病のもとと言われます。熱が高いときや食欲がないときは薬をのんで寝ましょう。早く治るかどうかわかりませんが、咳を抑えることで愛する家族や頼むべき同僚にうつすことはかなり防げると思います。

 病院で当直をしていると、カゼをひいたといって夜中にやってくる人がたくさんいます。午後10時を越えると初診料3倍(約7千円)ということをご存じないのでしょう。一般の薬局で売っている総合感冒薬は 1000〜2000 円ですから、私なら普段から薬を確保しておく方を選びます。日本の場合、保険で補填されるので実際に払う金額は2〜3割のためこの金額を問題にする人はあまりいませんが、残りの7〜8割も我々の血税ですから、結局我々自身が負担していることになるのです。一度明細書をご確認ください。ほんとうは高い風邪薬ですよ。

 そもそも、カゼで病院に行くのは世界中で日本人くらいです。他の国ではそういう発想は存在せず、薬局でクスリを買うのです。日本の医療費は先進国の中では14位(一位のアメリカの半分)と非常に安いのでいいのですが、アメリカならカゼで病院に行くと2万円くらいすぐとんでしまい、おまけにカゼで病院を受診しても保険会社が支払いを拒否します。結局自分で全額負担です。

 夜中にカゼで来てこちらがクスリを出して帰っていいですよと言うと、検査はなにもしないのかというヒトがいます。一部のケースをのぞいてウィルスの種類がたとえわかっても出すクスリは同じですから無駄な検査ですよ、と言うと不満げな顔をされます。
 考えてみましょう。ウィルスの種類を決めるには血中の特異抗体の量(抗体価)を測定しなくてはいけません。もちろん特異抗体ですから、ウィルスごとに異なります。先程100種類以上のウィルスがあるといいましたが、それぞれの抗体価を測ると仮定しましょう。抗体検査は高い(だいたい 2000〜3000円くらい)ので、100種類で 20万円くらいかかります。さらに回復期にもう一度同じことをして比べる必要があるので、一回カゼをひくたびに 40万円(自己負担金は8〜12万円)。日本人一人が年間3回カゼをひくとして、すべてにこの検査をすると 120兆円になり、日本の国家予算を超えてしまいます。

 もしこれが正論になると(ばかな裁判官がバカな判決を下すとこうなる可能性もあります)、「カゼで滅びた国」として歴史に名を残すことになるでしょう。それに各1ccほど必要ですから、一回あたり 100ccも採血させていただくことになりますね。まるで体力を落とすために病院に行くようなものです。

 ばかな裁判官がそうした判決を下さないように期待しましょう。
 え、そうなったら、検査会社の株を買う? 国やぶれて何(のイミ)があり?

 注) 実際は抗体価が測れるウィルスはそんなに種類はありません。ただ、抗体価が測れないものの中にはウィルスDNAの測定になるのでもっと高くなるものも含まれているので、これらをすべて平均して1検査あたり 2000円で算出しました。


 

 

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