ピカソの画才と商才

画才

ピカソと言えば、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シブリアーノ・センティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ のことですが、彼の残した作品はいったいいくつあるでしょうか。

Wikipedia では

生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し

とあります。

別の書物によると 8万点(版画は別)です。

82年の生涯で、70年間描いたとすると、年間 1000枚以上。

1日3点は描かないと達成できない数です。 あの多作で知られる葛飾北斎でさえ、3万点。

多作でも高価な絵になるということと、才能だけではなく努力をしないとできないということです。

しかし、天才に努力されたら、他の人はひとたまりもありませんね。

技法など私にはわかりませんが、とにかく質と量の両立がキモということです。

商才

さて、彼の絵がどうしてあれだけ高価に取引されたか。

ゴッホは生前に2枚しか売れず(それも同情されてしぶしぶ安価で引き取ってもらったようで)、極貧のうちに死ななければならなかったのに。

それはピカソが自宅に絵の好きそうなお金持ちや画商を呼んでパーティを開き、そこで

「これらは最近描いたものだが」

と言って、絵を見せてセリを行わせていたから。

もちろんピカソでも有名になる前はこんなことはできなかった。

ゴッホも成功すればこんなことができたかもしれませんが、でもたぶんこういうこと、つまり自分で自分をプロデュースすることはピカソ以外の画家ではあまり思いつかなかったかもしれません。

できたとしてもせいぜい画商との駆け引きで絵の買い取り価格を少し増やしてもらう程度だったのではないでしょうか。

この時代の画家はある程度「特定の画商の奴隷」であり、ピカソのように複数の画商を手玉にとるというフリーランスの発想はなかなかできなかったようです。

人気がわーっと出たときに、売るためのストックを山ほど持っている画家と、寡作すぎてなかなか次の1枚さえ描けない画家とでは将来が全然違ってきます。これは小説家も同じことですね。

多作で斬新(勤勉な天才)というピカソの特性が誰にも真似のできない大成功を築いたと言えましょう。

教訓

ということで、どんな仕事でもクォリティとスピードが、ともに重要ということです。

スピードがクォリティの源泉だったりします。

プラス 職人根性だけでなく、「フリーランスの発想」を持たないといけないということでしょうね。

名前が長いのは真似しなくてもいいことですけどね。

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