金継ぎについて調べてみました。
出土品から、すでに縄文時代には破損した土器や石器を天然漆で接着・補修していた痕跡が見つかっています。
奈良時代や平安時代を経て、漆は単なる塗料にとどまらず、木工品や器物を接合する強力な接着材として活用され続けました。
この段階ではまだ装飾目的ではなく、道具を長く使い続けるための実用的な補修技術でした。
室町時代には漆工芸の技法である「蒔絵(まきえ:漆で描いた文様に金粉を蒔いて定着させる手法)」が、器の接合部を化粧する技術へと応用され始めました。
安土桃山時代には千利休らが大成した茶の湯において、「完全無欠」よりも「不完全なもの、移ろいゆくもの」に価値を見出す美意識(わび・さび)が定着しました。
器のひび割れや欠けを金粉・銀粉で際立たせ、それを「景色(作品の個性や見どころ)」として鑑賞する文化が確立されました。
江戸時代には多彩な継ぎ技法の発展が見られます。
- 金継ぎ・銀継ぎ:接合部や欠けに金粉・銀粉を蒔く基本技法
- 呼継ぎ(よびつぎ):紛失した破片の代わりに、全く別の器の陶片をはめ込んで継ぎ合わせる大胆な技法
江戸時代には職人の分業化が進みました。「焼継屋(やきつぎや)」と呼ばれるガラス粉を使って安価に補修する職人が町を歩き回る一方、高級な茶器や調度品には漆職人による本格的な金継ぎが施され、階層に応じた修復文化が成熟しました。
現代ではサステナビリティの観点から、日本のみではなく世界的な再評価がされるようになってきました。
「もったいない」精神の象徴として、大量生産・大量消費の時代を経て、大切なものを直して長く使うエコ・サステナブルな営みとして再注目されています。
傷や失敗を隠すのではなく、その歴史を肯定して美へと昇華させる哲学(「Kintsugi」)として海外から高い評価を得ています。
海外のアート界や心理療法(レジリエンスの象徴)などの文脈でも広く知られています。
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下の写真は、一個一個別々にプロンプトから創造した金継ぎの器、皿、徳利(合計12点、すなわち 12枚の画像ファイル)を Antigravity で合成して一枚の写真にしたものです。
なぜか14枚に増えとるやん。
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