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書物のデジタル化

私は読んだ本をデジタル化していますが、読んでいない本はしていません。

本は読むもの、知識を得るものです。

昔は百科事典(学研百科事典、某社のホーム百科事典)も全部通読していました。

本を読まずにデジタル化して、iPad に入れて必要なときだけそれを検索する人がいますが、そうすると本の内容は大部分が死蔵になってしまいます。

実にもったいないことです。

ここからは読影医としての読書の話になりますが・・・

読影医は OJT(on the job training)として、自分の経験した症例だけをマスターしていけばいいという意見の方もおられるかもしれませんが、読影のための知識の体系が身についていないと、個々の知識も自分の血肉になりません。

教科書を読んで体系を一度身にまとい、それに自分の経験した症例を付け加えていくのが王道です。

自分の経験した症例しか所見をつけられない人に限って、「私の経験では・・・」とかよく口にするのですが、読影医歴25年以上になる私から見ると「百年早い」と思います。私はおこがましくてそういう言い方はとてもできません。

大学院にいたころ、「これからはコンピュータで検索したらすべて出てくるようになるので、細かいことは覚えなくてよくなる」、と言っていた読影医もいましたが、たいていのことは知っておかないと、いちいち調べながらでは一日100件の所見はつけられませんね。せいぜい20件どまりでしょう。

一日100件(ふだんの 5倍ということです)所見をつけて、20年ほど読影したら、5×20で 「百年早い」 とは言われなくなります、たぶん。

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画像診断メモノート

http://yiwasaki.com/imgdiag/

に場所を移動して再開しましたが、本日久々に更新。

結構めんどくさいものです。

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散見する?散見される?

散見する?


 画像診断の所見で「嚢胞を散見します」という記述を見ることがあります。

 明治製薬の文豪もこういう使い方をしていたという指摘があります。

 「散見する」とは「ちら見をする」ということではありません。

 「散在しているのを見る」ということです。

 主語=Subject=「S」、対象=Object=「O」とすると、

 「O」が散在する光景を「S」が見る。

 つまり、「S」が意識して「散見」できるわけではないのです。

 「オレは嚢胞を散見するぞ」と言っても嚢胞が散在していなければ、「散見する」ことはできないのです。

 もともと「S」の存在は希薄です。

 じゃあ、「O」が散在する、その光景が見られる(受け身)として、「S」(診断者)の存在を消してしまえばいいでしょう。

 「「O」が散見されます」とすればいいわけで、「散見する」という他動詞は主に受動態で使うことにすればいいのです。

 「嚢胞を散見します」→「嚢胞が散見されます」と私はこれからも書きたいと思います。

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とんでもない画像診断システム

 

 前にもいろいろ書きましたが、今回はとんでもない画像診断システムの話。


 といっても、それについている DICOMビューワーの話ですが、世界最悪クラスの遅さで有名なシステムです。

 遅さについては大昔に書いたことがありますので、割愛しますが、なんとこのシステム、 「最初の画像に戻る」、「最後の画像に移動する」などのコマンドがありません

 最後まで一通り見て、それから最初に戻ろうと思うと、ひたすら1コマずつ早送りしないといけません

 各駅停車しかない酷鉄のようなもの。明治時代の話ですかね。

 今風に言うと「ルーラのないドラゴンクエスト」のようなもので、ク●ゲーの中のクソ●ーでしょう。


 使っていると、「毎回毎回、このヤロー、オレの貴重な時間を返せっ」と思って、開発者を殴りたくなってくるのですよ > Y●K●河電機さん


 私は自宅と高槻遠隔画像診断センターで合計6つ、外勤を入れると8つのシステムを使っていますが、これが一番ひどい。

 たぶん、使う医師の意見を全く聞かずに適当に作ったものでしょう。

 

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