書物のデジタル化

私は読んだ本をデジタル化していますが、読んでいない本はしていません。

本は読むもの、知識を得るものです。

昔は百科事典(学研百科事典、某社のホーム百科事典)も全部通読していました。

本を読まずにデジタル化して、iPad に入れて必要なときだけそれを検索する人がいますが、そうすると本の内容は大部分が死蔵になってしまいます。

実にもったいないことです。

ここからは読影医としての読書の話になりますが・・・

読影医は OJT(on the job training)として、自分の経験した症例だけをマスターしていけばいいという意見の方もおられるかもしれませんが、読影のための知識の体系が身についていないと、個々の知識も自分の血肉になりません。

教科書を読んで体系を一度身にまとい、それに自分の経験した症例を付け加えていくのが王道です。

自分の経験した症例しか所見をつけられない人に限って、「私の経験では・・・」とかよく口にするのですが、読影医歴25年以上になる私から見ると「百年早い」と思います。私はおこがましくてそういう言い方はとてもできません。

大学院にいたころ、「これからはコンピュータで検索したらすべて出てくるようになるので、細かいことは覚えなくてよくなる」、と言っていた読影医もいましたが、たいていのことは知っておかないと、いちいち調べながらでは一日100件の所見はつけられませんね。せいぜい20件どまりでしょう。

一日100件(ふだんの 5倍ということです)所見をつけて、20年ほど読影したら、5×20で 「百年早い」 とは言われなくなります、たぶん。

###

コメントは停止中です。